オシンメーさんの正式な名前は実は神明崎である。それが御神明さん、オシンメーさんと訛ったものと思われる。オシンメーさんにはいろいろとナゾが多い。浮見堂にいく道の途中、浮見堂から10メートルほど手前で横の崖を見ると、ぽっかりあいた洞窟が見える。この洞窟の中は一面水である。海につながっているらしく、潮の満ち引きに連動してその水面も上下する。干潮になるとゴム長靴をはいて探検した。実家は市場関係の仕事をしていたので、大人用の長靴がいっぱいあった。もちろんその長靴を断りもなく拝借して探検に行くわけだが、膝までくる大人用のそれをもってしても5メートルほどしか進めなかった。水は干潮のせいでないのだが、洞窟中の地面は深い泥で、その泥が長靴の中にはいってそれ以上は進めない。洞窟のさらに奥にはなにか像のようなものがある。観音様かなにかだろうか、少年の頃はとても怖くてそれ以上は進めなかった。
この洞窟は気仙沼大島につながっているという伝説?を聞いた。少年時代は本当に信じていた・・・しかし、眉唾とも言い切れない。なぜなら、確かめた人はいないのだから。子供の時、無性に酸素ボンベがほしかった。もちろん、洞窟から大島へ渡るためである。当時、川口ひろしさんのテレビ番組(確か水曜スペシャル)と重ね合わせていた。

洞窟の奥ブカサはこれだけではない。洞窟の入り口には化石があるのだ。兄は少年の頃化石が好きで、よくトンカチをもって出かけては洞窟の入り口周辺の崖や海岸で化石をとっては家に持ち帰っていた。私は化石というものは漠然と素人さんは取ってはいけないものと思っていたので、そんなおかまいなしな兄を『以外に豪快なヤツ』と少し敬意をはらったものである。その後かれは地元の気仙沼高校に進学するやいなや『地学部』というかなりマニアックなクラブに所属し、国立公園に指定されている三陸一帯の化石を取りまくっていた。恐るべし。